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岡山地方裁判所 昭和42年(ワ)83号 判決

原告

西村美子

ほか三名

被告

東洋重機工業株式会社

ほか一名

主文

一、被告両名は、各自原告西村美子に対し金二、五九九、〇〇一円、同西村清および同西村和子に対し各金二、一二九、六〇二円および同西村吉代に対し金一〇〇、〇〇〇円ならびにこれらに対する昭和四一年六月七日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用は二分し、その一を被告両名の負担とし、その一を原告らの負担とする。

四、この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨

一、被告両名は、連帯して、原告西村美子に対し金六、〇五九、八八九円、同西村清および同西村和子に対し各金五、二六四、〇九七円、同西村吉代に対し金一、〇〇〇、〇〇〇円ならびにこれらに対する昭和四一年六月七日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告両名の負担とする。

三、この判決は仮に執行することができる。

第二、請求の趣旨に対する答弁

一、原告らの請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

第三、請求原因

一、事故の発生

西村精一(以下精一という)は、昭和四一年六月七日午後六時三〇分頃、勤務先の専売公社岡山地方局から帰宅するため、自動二輪車ラビットスクーター一二五CC(単にスクーターともいう)を運転し、国道二号線を西進して岡山市厚生町二丁目一四番二一号被告東洋自動車工業株式会社工場前にさしかかつた際、先行する河内進(以下河内という)運転の一トン積み普通貨物自動車(岡四せ八〇七〇、単に本件自動車ともいう)が右工場内に進入しようとして急に左折したため、右スクーターと本件自動車が衝突した。その結果、精一はスクーターもろとも路上に転倒し、路面で頭部を強打して頭蓋内出血、頭蓋底骨折、脳挫傷、右側頭骨骨折、右耳出血、右鎖骨骨折の重傷を負い、右傷害のため翌々九日午後一〇時四八分収容先の光生病院において死亡した。

二、運行供用者責任

(一)  被告東洋自動車工業株式会社(以下被告東洋自動車という)は、本件自動車を所有し、子会社である被告東洋重機工業株式会社(以下被告東洋重機という)の需用に応じ一時使用させることもあるが、本社において専らその管理支配にあたつていた。

(二)  被告東洋重機は、前記河内を雇傭し、本件事故当時本件自動車を被告東洋自動車より借り受け、同人をして自己の営業のために運転させていた。

(三)  従つて、被告東洋自動車および同東洋重機は、本件自動車を重畳的に支配して、いずれも、自己のため右自動車を運行の用に供していた者であり、自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)三条に基づき原告らに対し左記の損害を賠償する義務がある。

三、損害

(一)  亡精一の損害

(1) スクーターの損害要修理代 一六、〇〇〇円

(2) 着用していた衣服代(上着およびズボン) 一四、〇〇〇円

(3) 衣服クリーニング代 八〇〇円

(4) 得べかりし給与上の利益の喪失 九、九六七、三八五円

亡精一は、日本専売公社岡山地方局に勤務し、昭和四一年六月現在毎月五四、三五五円の給与の支払を受けていたところ、自己の生活費に平均一六、〇〇〇円を要していたので、これを控除して得た三八、三五五円の年額四六〇、二六〇円に年間賞与五ケ月分二七一、七五五円を加えた年間総純益七三二、〇二五円に対し、亡精一が本件事故時三八才で右公社の勧奨退職年限五八才まで、なお二〇年勤務可能であつたから、ホフマン係数一三・六一六を乗じて、右二〇年間に得べかりし給与上の利益の現価を算出した。

(5) 得べかりし退職金の喪失 一、一四五、六二三円

亡精一が二〇年後の昭和六一年三月末日に退職するとして受ける退職金は少くとも五、一七七、八〇一円となるところ、これにホフマン係数〇・五〇〇〇〇を乗じて得た現価は、二、五八八、九〇〇円であるから、これより亡精一の死亡時に原告ら遺族が受領した一、一四五、六二三円を差引いて算出した。

(6) 退職後得べかりし利益の喪失 一、六四八、四八五円

亡精一は大工であり専売公社退職後大工としての稼働を予定していたところ、右大工職の岡山市周辺における平均賃金は昭和四四年六月以降一日三、〇〇〇円であるので、月平均二五日稼働として同人の収入は月額七五、〇〇〇円となるが、これより生活費一六、〇〇〇円を控除し、結局五九、〇〇〇円として同人が稼働可能とみられる満六三才までの五年間に得べかりし利益を算出すると三、五四〇、〇〇〇円となるので、これに対しホフマン係数〇・四四四四四を乗じて現価を算出した。

(7) 慰藉料 一、五〇〇、〇〇〇円

以上損害額合計は一四、二九二、二九三円となる。

(二)  原告西村美子の損害

原告西村美子(以下原告美子という)は、亡精一の妻である。

(1) 自動車代(入院時より死亡時まで) 一〇、〇〇〇円

(2) 医師、看護婦に対する謝礼 三〇、〇〇〇円

(3) 葬儀に関する費用(内訳別紙) 二五五、七九二円

(4) 慰藉料 一、五〇〇、〇〇〇円

以上損害額合計は一、七九五、七九二円となる。

(三)  原告西村清、同西村和子および同西村吉代の各損害

原告西村清(以下原告清という)および同西村和子(以下原告和子という)は、亡精一の子であり、同西村吉代(以下原告吉代という)は、亡精一の母である。

慰藉料 各一、〇〇〇、〇〇〇円

四、損害の承継、填補

(一)  亡精一の損害に対する賠償請求権は、原告美子、同清および同和子が各々三分の一づつ相続した。

(二)  原告らは、自賠法による保険金一、五〇〇、〇〇〇円の給付を受けたので、これをもつて原告美子、同清および同和子の各損害をそれぞれ五〇〇、〇〇〇円あて填補する。

五、結論

原告らは、被告両名に対し、連帯して原告美子に金六、〇五九、八八九円、同清および同和子に各金五、二六四、〇九七円および同吉代に金一、〇〇〇、〇〇〇円ならびにこれらに対する本件事故の発生した昭和四一年六月七日より完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四、請求原因に対する認否

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、請求原因第二項の事実中、本件自動車が被告東洋自動車の所有であること、被告東洋重機が河内を雇傭していたことは認める。

三、請求原因第三項の事実中、原告らと亡精一との身分関係を認め、その余の事実はすべて否認する。

第五、抗弁

一、自賠法三条但書による免責の主張

(一)  被告両名の無過失

河内は、昭和三九年三月関西大学法学部を卒業後、同四〇年二月以来被告東洋重機に雇傭され、同年五月普通自動車の運転免許を取得して以来少なくとも毎日一回同被告の自動車運転の業務に従事してきたのであるが、教養もあり、性格温順で、本件事故まで約一年余軽微な道路交通法違反行為すら一度も惹起することなく、交通法規を遵守して慎重で用心深い運転に努めてきた。被告両名もかかる河内を信頼し、自動車運転の業務を委ねてきたのであつて、被告両名が河内に本件自動車を運行させたことについてなんら過失はない。

(二)  河内の無過失

河内は、本件事故発生地点の約三〇メートル以上手前において左折の合図(左ウインカーの点滅)を行なうとともに、速度を時速四〇キロメートルから一五ないし二〇キロメートルまで減速しながら進行し、左折するにあたつても、ルームミラー、左サイドミラーによつて後続車はトラックのみであること、その速度、自車との車間距離等からして十分被告東洋自動車の工場内まで左折進入できることを確認したうえ、さらに時速七、八キロメートルまで減速しながら左折を開始し、左側歩道を横断するために右歩道上の歩行者の状況を確認し、道路交通法一七条二項の規定に従い、歩道に入る直前で一旦停止しようとしたところ、突然亡精一運転のスクーターが追突してきた結果、本件事故が発生したものであつて、河内は以上のとおり本件自動車の運行にあたつて要求される注意義務をすべて尽しており、なんら過失はない。

(三)  亡精一の重過失

亡精一は、本件スクーターを運転し、左側歩道寄りを時速四〇キロメートル以上の高速で西進していたが、先行する河内運転の本件自動車の動静に全く注意を払わず、その左折の合図を看過し、右自動車がそのまま直進するものと軽信し、加えて本件事故現場付近の道路が公安委員会により追越し禁止場所に指定されているにもかかわらずこれを無視し、あまつさえ後記のとおり有効路面の関係上追越しは不可能であつたにもかかわらず、道路交通法二八条一項に違反して右自動車を左側から追越そうとした重大なる過失により、瞬時のうちに自車を右自動車に追いつかせて左折しようとした同車に追突させたもので、本件事故はもつぱら亡精一の右重過失によつて惹起されたものである。本件現場は、岡山市内の市街地を東西に走る交通頻繁な国道であつて、車道、歩道の区別もあり、幅員はそれぞれ一五メートル、二・八メートルであるが、車道について中央部分一二・四メートルはコンクリート舗装であるのに対し、両端各一・三メートルは歩道に向けて傾斜したアスファルト舗装となつており、加えて歩道と車道の高低差約一五センチメートルをなくすために二ないし三メートル間隔で歩道から車道にかけて敷設された長さ二・四ないし三・二メートルの鉄板が約四〇センチメートル以上はみ出しているため、右両端一・三メートル分は有効路面とは考えられない。従つて河内が本件事故発生前車道左端より約二メートルの余地を残して走行していたからとて亡精一が追越しをすることは許されなかつたものである。また、現場道路付近には被告東洋自動車の如き自動車関係の施設が少なくなく、従つて本件事故現場も通常自動車の左折しない場所であるとは到底言い得ない場所である。即ち、河内は通常自動車の左折しない場所で突如左折を開始したものではないのである。

(四)  本件自動車の構造、機能

本件自動車には本件事故当時構造上の欠陥および機能の障害はなんら存しなかつた。

二、過失相殺の主張

仮に本件事故につき河内にも多少の過失あるを免れ得ないとしても、前記のとおり亡精一には重大な過失があり、従つて右過失は損害額の算定にあたつて最大限斟酌されるべきである。

第六、抗弁に対する認否

抗弁事実は全部否認する。

第七、証拠〔略〕

理由

第一、原告主張の日時場所において、河内運転の本件自動車と精一運転のスクーターが衝突し、そのため精一が負傷し死亡したことは当事者間に争いがない。

第二、被告らの運行供用者責任について

本件自動車が被告東洋自動車の所有に属すること、河内が被告東洋重機の従業員であることは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によると、被告東洋自動車は被告東洋重機の株式の五三パーセントを有する親会社であり、両会社は共通の社長をもつ密接な関係にあつたので、平素から営業上の必要により相互に所有自動車を貸したり借りたりしていたこと、河内は、本件事故当日玉野市宇野港まで部品引取りに行く社用で東洋重機所属の自動車を運転し岡山市久米の工場を出発したが、車の調子がよくなかつたので同市厚生町の被告東洋自動車の工場に立寄り本件自動車を借りうけ運転し、宇野港で部品を積んで引き返えし本件自動車を返還するため右工場に入ろうとして本件事故にあつたことが認められ、格別反対の証拠はない。右事実によれば、被告東洋自動車は右の一時的貸与により本件自動車の運行支配を失うことはないというべく、また被告東洋重機は一時的ではあるがこれを借りうけてその運行を支配し、かつ、運行の利益をえていたということができる。従つて、被告らは本件事故当時重畳的に本件自動車を運行の用に供していたというべきであり、自賠法三条但書の免責事由のないかぎり、本件自動車の運行により生じた損害を賠償する義務がある。

第三、自賠法第三条但書の免責の主張について

一、先ず河内の過失の有無について判断する。

(一)  〔証拠略〕を総合すると、河内は本件自動車を運転し、岡山市厚生町二丁目四番二一号地先国道を西進し、進路の左側にあたる道路南側歩道を隔てた被告東洋自動車工場内に左折進入するため、本件事故発生地点の約三〇メートル手前において左ウインカーを点滅させて左折の合図を行なうとともに、自車の速度を時速四〇キロメートルから時速一五ないし二〇キロメートルまで減速しながら走行し、自車左側面と同車道左端との間に約二メートルの余地を残した地点から左斜め前方に向い左折を開始した直後、折から本件自動車の左後方を直進してきていた精一運転のスクーターの右ハンドル付近などと、本件自動車前部左側フェンダーなどとが接触し、精一はスクーターもろとも付近の歩道上に転倒したことが認められる。

(二)  ところで、〔証拠略〕によれば、河内は左折を開始するにあたつてルームミラー、左サイドミラーによつて左後方の安全を確かめ、後続車はトラックのみであること、しかもその速度、自車との車間距離等から十分左折進入しうる余裕があることを確認し、さらに時速七、八キロメートルまで減速しながら左側歩道に上るべく一旦停止したときスクーターが衝突した旨供述していることが認められる。

しかしながら、右供述は、〔証拠略〕により認められる河内の事故直後の実況見分の際にした指示説明の内容および本件自動車の停車していた位置、甲第三七号証により認められる同乗者水香鉄哉の供述にてらしたやすく信用しがたく、他に河内が左折開始にあたり後方の安全を確認したことを認めるに足りる証拠はない。のみならず、〔証拠略〕を総合すると、左折を開始してから衝突地点までの距離は約四・四メートルであり、その間の河内の自動車の速度は依然時速一五ないし二〇キロメートルであつたことを認めることができる。また〔証拠略〕により認められる両車両の接触痕跡、スクーターの転倒位置および破損の程度などから見て、スクーターの速度は時速約三〇キロメートルと推認するのが相当である。そうすると、河内は左折を始めてからスクーターと接触するまでの時間は一秒前後であり、スクーターは河内が左折を開始した際には、既に本件自動車の左後方数メートルの地点を直進していたことが計算上明らかである。そして、〔証拠略〕によると、河内は本件自動車備付の左フェンダーミラーにより右地点を進行中のスクーターを発見しえたはずであることが認められる。

してみると、河内は左折開始にあたり、左後方の安全確認を怠つたか、そうでないとしても安全確認が不十分のためスクーターを発見できなかつたというほかない。

(三)  以上認定の事実によると、河内には、本件左折にあたり、あらかじめその前からできるかぎり自車を道路左側に寄せて後続車両に警告を与えるとともに、左後方より自車の左側方を直進する車の有無を確認することを怠つた過失があるということができる。なお、〔証拠略〕によると、本件事故現場道路の車道は、中央部分一二・四メートルがコンクリート舗装であるのに対し、両端各一・三メートルは歩道に向けて傾斜したアスファルト舗装となつていること、歩道と車道の高低差約一五センチメートルをなくし車の乗入れを容易にするために二ないし三メートル間隔で左側歩道から車道へかけて長さ二・四ないし三・二メートル、幅五〇センチメートルの鉄板四枚が敷設されていたことを認めることができ、これに反する証拠はないが、被告ら主張の如く右の車道両端各一・三メートルの部分が有効路面でないとは到底解されないし、単に三〇メートル手前から方向指示器により左折の合図をしたのみで左折の際の注意義務を尽したといえないことは当然である。

二、右の次第で、河内に運転上の過失が認められる以上、その余の点について判断するまでもなく、被告両名主張の免責の抗弁は理由がない。

第四、過失相殺の主張について

一、本件事故の発生につき、亡精一にも過失が存したか否かについて判断する。

前記のとおり、河内は本件事故発生地点の約三〇メートル手前より左ウインカーを点滅させて左折の合図を行うとともに、自車の速度を時速四〇キロメートルから時速一五ないし二〇キロメートルまで減速走行しながら被告東洋自動車工場内への左折進入に備えたことが認められる。また〔証拠略〕によれば、現場道路付近には右工場の如き自動車関係の施設も少なくなく、本件事故現場が通常自動車の左折しない場所であるとは言い得ないこと、さらに〔証拠略〕によれば、現場道路は亡精一の通勤路であつて、その状況は亡精一において知悉するところであつたことを認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。そうすると、左後方を約時速三〇キロメートルで進行していた精一としては、先行する河内運転の自動車が本件事故現場等で左折することは予想しうるところであるから、これに備えて右自動車の動静に絶えず注意を払い前車との車間距離を十分保つたうえ、必要に応じて急停車の措置を講じうるよう減速進行するなどして先行車との衝突を回避すべき義務があつたものと言わなければならない。しかるに、以上認定の事実によれば、精一は右義務を怠り、漫然従前の速度のまま直進を続けたため左折せんとした右自動車に衝突したことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。これによれば、亡精一の右過失は河内の前記過失とあいまつて本件事故を惹起したと考えるのが相当である。

二、以上本件事故の原因、態様を総合し、亡精一の過失と河内の過失を彼此比較考量するに、本件事故によつて発生した損害額の四割を相殺控除し、その余の損害について被告両名に責任を負わせるのが相当と考える。

第五、損害について

一、本件事故によつて亡精一が被つた損害について判断する。

(一)  スクーター修理代

自賠法三条による損害賠償責任は、物的損害をその対象としないと解されるところ、原告ら主張のスクーター修理代は物的損害であること明らかであるから、請求自体失当である。

(二)  衣服代(上着およびズボン)

右衣服代も通常物的損害と解されるが、〔証拠略〕によると、右洋服は亡精一が本件事故時に着用していた常用のものであることが認められる。かかる日常生活の必要上身体に密着して使用され健康保持のためにも必要と認められる衣服の損害については、なお自賠法三条による損害賠償責任の範囲内に含ましめるを相当と考える。そして、〔証拠略〕によれば、右衣服は昭和四〇年秋に上着八、〇〇〇円位、ズボン六、〇〇〇円位で購入し、既に半年余の間使用されたものと認められるので、社会通念上五割の減価償却を行ない、結局七、〇〇〇円の損害と認めるのが相当である。

(三)  衣服クリーニング代

〔証拠略〕によると、右クリーニング代は前記衣服に付着した血痕を落すために要したもので、前記衣服と同趣旨により自賠法三条による責任の対象に含ましめるを相当と解するところ、前掲証拠によれば右クリーニング代に八〇〇円を要したことを認めることができ、他に右認定を左右する証拠はない。

(四)  得べかりし給与上の利益の喪失

〔証拠略〕によれば、亡精一は専売公社岡山地方局に勤務し、本件事故のあつた昭和四一年六月現在基本給に扶養手当、暫定手当を併せて月額五四、三五五円の給与を受けていたが、毎年昇給することは確かであるからその後の月額収入が右額を下ることはないと考えられること。そのほか年間賞与として基本給、扶養手当および暫定手当の合計額の四・四ケ月分を支給されていたこと、右公社では満五八才に達すると退職を勧奨する慣例となつているが、亡精一は本件事故時三八才の健康な男子であつたことが認められ、厚生省発表第一一回生命表によれば三八才の男子の平均余命三二・八一年であるから、精一は少くとも右退職勧奨時までなお二〇年間勤務が可能であつたことが認められ、格別反対の証拠はない。そして、精一の家族構成、生活程度から見て勤務可能と認められる期間を通じ、同人の一カ月の生計費は、右月額収入の五〇パーセントにあたる二七、一七七円をこえないものと認めるのが相当である。そこで事故時の収入による控え目の計算により右生計費を控除すると、亡精一の年間純益額は五六五、二八六円となり、これを基礎として同人が右二〇年間に得べかりし給与上の利益の喪失額について、民法所定の年五分の割合による中間利息を年別復式ホフマン式計算法により控除して現価を算出すれば七、六九六、九三四円となることが計算上明らかである。

(五)  得べかりし退職金の喪失

〔証拠略〕によれば、亡精一が本件事故より二〇年後の昭和六一年三月末日に専売公社を退職するとして受けるべき退職金は五、一七七、八〇一円を下らないこと、原告ら遺族が精一の死亡退職により現実に受領した退職金は一、一四五、六二三円であることが認められ、右認定を左右する証拠はない。

そこで先ず二〇年後受領すべき右退職金について民法所定の年五分の割合による中間利息をホフマン式計算法により控除して現価を算出すると、二、五八八、九〇〇円となることが計算上明らかであるから、これより原告らが現に受領している右退職金を差引き、得べかりし退職金を算出すれば一、四四三、二七七円となることが明らかである。もつとも原告らは右金額を一、一四五、六二三円と主張しているけれども、右数額は原告らが現に受領している右退職金の数額と全く同一であつて、右主張は原告らの明らかな誤記と解されるのでその趣旨を善解し、得べかりし退職金の喪失額は前記のとおり一、四四三、二七七円であると認める。

(六)  退職後得べかりし利益の喪失

〔証拠略〕によれば、亡精一は専売公社において約一九年間大工として稼働していた関係上、公社退職後は大工として生計を立てる旨家族の者に洩らしていたことが認められるが、〔証拠略〕によれば、亡精一は昭和四一年三月までは右公社岡山地方局において製造部工作課に所属し、箱、木台の製作、建物の修理などの大工仕事をしていたというに過ぎず、同年四月からは旋盤部門へ配置転換になつたことが認められるのであるから、同人が退職後原告ら主張のように通常の大工としての収入を挙げうるとにわかに断定することはできず、他にその収入の額を認めるに足りる明白な証拠はない。従つて、この点についてはこれを損害として認めるに由なく、慰謝料の額の算定について考慮することとする。

(七)  慰藉料

〔証拠略〕によれば、亡精一は本件事故の発生するまで妻と二人の子供、母を加えて円満で楽しい家庭生活を送つていたこと、しかるに本件事故のためまだ三八才の若さで中学一年生と小学三年生の成長期にある子供を残して死亡したことが認められ、これに反する証拠はない。右事実によれば、なお若くして生命を絶たれた同人の受けた精神的苦痛はきわめて大なるものと言うべく、金銭をもつて慰藉するのが相当である。前記事実に加え本件事故の態様、河内および精一の過失の程度、その他本件に現われた一切の事情を斟酌してその数額を勘案するに、九〇〇、〇〇〇円を相当と認める。

(八)  以上亡精一が被つた損害額合計は一〇、〇四八、〇一一円となるところ、慰藉料以外の損害についてその四割を過失相殺すべきであるので、結局六、三八八、八〇六円となることが明らかである。

二、次に原告美子の被つた損害について判断する。

(一)  自動車代

〔証拠略〕によると、同人や身内の者が精一の入院した光生病院を往復した自動車料金として、同美子において、一〇、〇〇〇円を支出し、同額の損害をうけたことが認められ、反対の証拠はない。

(二)  医師、看護婦に対する謝礼

〔証拠略〕によると、原告美子は光生病院の医師、看護婦のほか、容態を案じて特別に招いた国立病院の専門医に対する謝礼として合計三〇、〇〇〇円を支出したことが認められ、右額は精一の病状から見て本件事故による相当の損害と認めることができる。

(三)  葬儀に関する費用

〔証拠略〕によれば、原告美子は亡精一の葬儀および四十九日法要に際し、別紙目録記載の費用のうち14の納骨費用を除く合計二四二、三三二円を支出したことが認められ、右認定に反する証拠はなく、納骨費用についてはこれを認めるに足りる証拠がない。

以上の各費用は、前記認定の諸事情にてらし、いずれも本件死亡事故によつて被つた通常の損害と認めるのが相当である。

(四)  謝藉料

〔証拠略〕によれば、同原告は亡精一と結婚以来一四年間円満で幸福な家庭生活を送つてきたこと、その間にもうけた二人の子供も今成長の途上にあることが認められ、反対の証拠はない。このように、まだ二人の子供が成長の途上にあるとき、一家の支柱と頼むべき夫に死なれ、若くして未亡人とならざるを得なかつた右原告の受けた精神的苦痛は筆舌に尽しがたいものと言うべく、金銭をもつて慰藉すべきが相当であり、本件事故の態様、双方の過失の程度、その他本件に現われた一切の事情を斟酌するとその額は八〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

(五)  以上原告美子の被つた損害中慰謝料以外のものについては亡精一にも過失が認められるので、前示四割を過失相殺し、合計すると、結局九六九、三九九円の損害額となること明らかである。

三、原告清、同和子および同吉代がそれぞれ被つた損害について判断する。

(一)  慰藉料

原告清および同和子が亡精一の子であり、同吉代が亡精一の母であることは当事者間に争いないところ、〔証拠略〕によれば、前記のとおり現在原告清は中学一年生、同和子は小学三年生であつて、まだ成長の途上にあること、本件事故以前は祖母の原告吉代も加えて家族五人ともども円満で楽しい家庭生活を送つてきたこと、しかるに父精一の死亡後においては原告清および同和子とも口数が少なくなり、また原告吉代も仏壇の前で悲嘆にくれるなど、明るかつた家庭に笑顔を欠くに至つたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右の如き事実によれば、まだ成長の途上にあり、これから父親の存在を一層強く必要と感じるときにおいて父親を本件事故のため失なつた原告清および同和子の精神的苦痛はきわめて大なるものと言うべく、また息子に先立たれた原告吉代の受けた精神的苦痛も著しいものと言わねばならず、いずれも金銭をもつて慰藉すべきであつて、原告美子の場合と同様一切の事情を斟酌してその数額を勘案するに、原告清および同和子に対しては各五〇〇、〇〇〇円、同吉代に対しては一〇〇、〇〇〇円を相当と認める。

第六、損害額の承継、填補

一、前記原告らの身分関係によれば、亡精一の損害に対する賠償請求権を原告美子、同清および同和子が各々三分の一づつ相続したことが明らかである。

二、また原告らが自賠法による保険金一、五〇〇、〇〇〇円の交付を受けたことは原告らの自陳するところであるから、これをもつて原告美子、同清および同和子の各損害をそれぞれ五〇〇、〇〇〇円宛填補する。

第七、結論

以上の次第で、被告両名は各自原告美子に対し金二、五九九、〇〇一円、同清および同和子に対し各金二、一二九、六〇二円および同吉代に対し金一〇〇、〇〇〇円ならびに右各金員に対する本件不法行為発生の日である昭和四一年六月七日より完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものと言わなければならない。

よつて、右の限度で原告らの請求はこれを正当として認容し、その余の請求については理由がないのでいずれも棄却することとし、訴訟費用について民事訴訟法八九条、九二条本文、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 五十部一夫 東孝行 大沼容之)

別紙 葬儀関係費用目録

〈省略〉

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